なぜ金星の風は、自転より速いのか? 「あかつき」が挑んだスーパーローテーションの謎

2010年5月。日本の金星探査機「あかつき」が打ち上げられました。 目的は、金星の謎の暴風「スーパーローテーション」を解明すること。

半年後、あかつきは順調に金星へ到着しました。 「今度こそ、日本の探査機が惑星周回軌道に入る」 誰もが成功を確信していました。あの日、あの瞬間までは。

減速のためのエンジン噴射中、突如として通信が途絶。 復帰したとき、あかつきは金星を通り過ぎ、太陽の周りを回る孤独な軌道へと放り出されていました。 「メインエンジン破損」。 それは、かつて火星探査機「のぞみ」が味わった絶望と同じ、宇宙の迷子になることを意味していました。

金星探査機あかつき
Image Credit: JAXA

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原因は「塩」の詰まり?

なぜエンジンは壊れたのか? 徹底的な検証の結果、原因は燃料配管の「閉塞(つまり)」だと判明しました。

燃料と酸化剤が反応して生じた塩のような結晶が、逆止弁(バルブ)に詰まってしまったのです。 そのせいで燃料のバランスが崩れ、エンジンの燃焼室が異常高温になり、セラミックス製のノズルが割れて吹き飛んでいました。 「のぞみ」の時もバルブトラブルでした。宇宙での流体制御の難しさがここにあります。

メインエンジン(OME)は全損。 もう二度と、強力なブレーキはかけられません。 普通なら、ここで「ミッション終了」です。


5年間の臥薪嘗胆

しかし、チームは諦めませんでした。 「メインがダメなら、サブがあるじゃないか」

あかつきには、姿勢を調整するための小さな「RCSスラスター」がついていました。 これは本来、機体の向きを「ちょん」と変えるためのもので、減速に使うようなパワーはありません。

しかも、金星と再会できるのは5年後。 灼熱の太陽の近くを5年間も回り続け、機体が劣化しない保証はどこにもありません。 それでも彼らは待ち続けました。 「のぞみ」の時は果たせなかったリベンジを、今度こそ果たすために。


ボロボロの翼で掴んだ金星

2015年12月7日。運命の日。 あかつきは再び金星に接近しました。

メインエンジンは死んでいます。頼れるのは小さな姿勢制御スラスタだけ。 本来は数秒しか噴かないそのスラスタを、20分間も噴射し続けました。 想定外の長時間運転による熱で、スラスタが溶け落ちるかもしれない恐怖との戦い。

結果は……成功。 あかつきは、見事に金星の重力に捕まりました。 日本が初めて、地球以外の「惑星」に探査機を送り込んだ歴史的瞬間でした。 「のぞみ」の無念から17年越し、「あかつき」の失敗から5年越しの悲願達成です。


スーパーローテーションの謎に迫る

苦労して到達した軌道は、予定よりも遠いものでしたが、観測には十分でした。 あかつきは、紫外線、赤外線など異なる波長のカメラを駆使して、金星の大気を立体的にスキャンしました。

そしてついに、金星の最大の謎「スーパーローテーション(超回転)」のメカニズムの一端を解き明かしました。 金星は、地面はゆっくり回っているのに、雲だけが先に走り去ってしまう、不思議な世界でした。

自転が非常に遅い金星で、なぜ大気だけが時速400kmで回っているのか? その原動力が「熱潮汐波(ねつちょうせきは)」という大気の波であることを突き止めたのです。

遅れてやってきた苦労人が、世界的な大発見を成し遂げた瞬間でした。


「あかつき」という名前には、「夜明け」という意味が込められています。 一度は失敗し、暗闇を彷徨った探査機が、5年かけて自らの力で夜明けを迎えました。

もし、最初の失敗で諦めていたら。 もし、5年の間に心が折れていたら。 今のこの成果はありませんでした。

「あかつき」が教えてくれるのは、科学的発見だけではありません。 「失敗した後にどう立ち振る舞うか」という、私たち人間にとっても大切なことを、その傷ついた機体で教えてくれているのです。

参考文献

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この記事を書いた人

「深夜の星空喫茶」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

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