「太陽嵐(CME)」は地球の電気を消してしまう恐れがある、というお話をきいても、 「でも、そんな映画みたいなこと、本当にあるの?」と思う方、いらっしゃるかもしれません。
あったのです。 今から30数年前、1989年3月13日未明。 カナダのケベック州。冬の厳しい寒さの中、人々は眠りについていました。
午前2時44分。 突然、州全域の照明がフッと消えました。 ただの停電ではありません。信号機、暖房、地下鉄、空港、すべてのインフラが同時に機能を停止したのです。 原因は、1億5000万km彼方にある太陽でした。
今日は、現代社会が「宇宙の暴力」を初めて肌で感じた、衝撃の事件をご紹介します。
予兆:巨大な黒点群
事件の数日前、天文学者たちは太陽に現れた巨大な黒点群(地球の数十倍のサイズ)に戦慄していました。 「これはヤバいものが来るぞ」
3月10日、予想通り「Xクラス(最大級)」の太陽フレアが発生。 続いて、超高速のガス(CME)が地球に向けて発射されました。 たとえの話で言うなら、「ヘビー級ボクサーの全力ストレート」が放たれたのです。
3日後の3月13日未明、そのガス弾が地球の磁気バリアに激突しました。 夜空には、見たこともないような激しいオーロラが、なんとフロリダや日本(北海道)でも観測されたという記録が残っています。 しかし、美しい光のショーの裏で、地上では恐ろしいことが起きていました。
メカニズム:地面から電気が逆流する!
なぜ、空のオーロラが地上の停電を起こすのでしょうか? ここに、電気化学にも通じる「ファラデーの電磁誘導」が関わっています。
- 磁場の激変: 太陽嵐の直撃で、地球の磁場が激しく揺さぶられます。
- 大地の誘導電流(GIC): 磁場が動くと、電気を通すものに電流が生まれます。大地(地面)も電気を通しますが、そこにはもっと電気を通しやすいものがありました。**「高圧送電線」**です。
- 変圧器への侵入: 大地を流れるはずだった巨大な直流電流(GIC)が、アース(接地)を伝って、電力会社の変圧器(トランス)に逆流してしまったのです。
本来、交流(AC)を扱う変圧器に、予期せぬ直流(DC)が大量に流れ込む。 これを**「偏磁(へんじ)」**と言います。 変圧器は唸りを上げ、異常発熱し、電圧が乱高下しました。
崩壊:わずか90秒のドミノ倒し
ケベック州の送電網は、異常な電流を検知しました。 「危険だ! システムを守れ!」 安全装置(ブレーカー)が作動し、一部の回線を遮断しました。
しかし、嵐は州全体を覆っています。 別の場所でも遮断、また別の場所でも……。 負荷のバランスが崩れ、生き残っていた発電所も次々と緊急停止。
最初の異常検知から、州全域の電力が完全にブラックアウトするまで。 その時間は、わずか92秒でした。 人間のオペレーターが「何かおかしい」とコーヒーカップを置く暇もなく、システムは全滅したのです。
被害:寒さと暗闇の9時間
午前2時45分。 マイナス数度の極寒の中、600万人の家から暖房と照明が消えました。 人々は寒さで目を覚ましましたが、本当の地獄は「夜が明けてから」でした。
朝の通勤ラッシュの時間になっても、電気は戻りません。 地下鉄は動かず、再開の見込みも立たない。 信号機の消えた交差点には車が殺到し、街中で大渋滞が発生しました。 高層ビルのエレベーターも動かず、多くのオフィスや学校が機能不全に陥ったのです。
復旧には9時間を要しました。 損害額は数億ドルとも言われます。 また、同じ嵐でアメリカのニュージャージー州では、原子力発電所の巨大な変圧器が内側から溶けて全壊するという衝撃的な被害も出ています。

教訓:だから「予報」がいる
この事件は、世界中の電力会社に衝撃を与えました。 人類は、太陽の影響を甘くみていたのです。
これ以降、電力会社は「宇宙天気予報」を真剣にチェックするようになりました。 「ACE衛星から警報が出たら、発電所の出力を下げてマージンを取る」 「変圧器の温度を監視する」 といった対策マニュアルが作られたのです。
私たちが紹介してきたSOHOやACE、DSCOVRといった衛星たちは、単なる科学探査ではありません。 「第二のケベック」を防ぐための、国防レベルの監視システムだったのです。
もし今、同じことが起きたら?
1989年よりも、現代社会はさらに電気と通信に依存しています。 もし、キャリントン・イベント級(1859年)の嵐が今来たら、ケベックの比ではないでしょう。
「スマホが繋がらない」で済めばラッキー。 「数週間、電気が来ない」という覚悟が必要になるかもしれません。 防災リュックの中に、スマホの充電器だけでなく、乾電池式のラジオやカイロが入っているか。 太陽の記事を読んだついでに、一度確認してみてくださいね。防災リュックのおすすめ

参考文献
- NASA|NASA-enabled AI Predictions May Give Time to Prepare for Solar Storms
- NASA|In 1989, A Massive Blackout Left Millions without Power for Twelve Hours
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