太陽の大気圏に突入する人類最速の衛星、パーカー・ソーラー・プローブの挑戦

もし、イカロスの父ダイダロスがもう少し科学に詳しかったら、神話の結末は変わっていたかもしれません。

彼の失敗はシンプル、耐熱素材の選定ミスでした。 融点がわずか60℃程度の「蜜蝋(みつろう)」で翼を固めてしまったこと。これが全ての間違いです。

それから長い時を経て、現代のエンジニアたちはリベンジを果たしました。 用意したのは、炭素繊維を利用した「C-Cコンポジット(炭素複合材料)」という最強クラスの耐熱素材。

今日ご紹介するのは、かつてイカロスを焼き尽くした太陽の熱を、わずか11cmの盾で涼しい顔をして受け流す、NASAの傑作「パーカー・ソーラー・プローブ」のお話です。人類史上初めて、太陽の大気(コロナ)の中に突入し、太陽に「触れる」ことを目指すミッションです。

パーカーソーラープローブ
Image Credit: NASA/Johns Hopkins APL/Ben Smith
目次

科学的目的:何を解き明かすのか?

パーカー・ソーラー・プローブが太陽に飛び込むのには、明確な理由があります。 それは、遠くからの観測だけではどうしても説明がつかない、「太陽物理学の2つの矛盾」に決着をつけるためです。

1. 「焚き火」のパラドックス(コロナ加熱問題)

一つ目は、「温度の逆転現象」です。

  • 熱源(太陽表面): 6,000℃
  • 上空(コロナ大気): 100万℃以上

通常、焚き火から離れれば涼しくなるはずです。しかし、太陽はその逆です。 これは物理的に「熱源から離れた場所で、何かがエネルギーを注入し続けている」ことを意味します。

「ひので」などの観測で、どうやら「磁場の波(アルベン波)」がエネルギーを運んでいるらしいという説が有力視されています。 しかし、そのエネルギーが「具体的にどうやって熱に変わっているのか?」(散逸メカニズム)は、現場のプラズマの中にいないと分かりません。 パーカーは、その「加熱の瞬間」を現場で捉えようとしています。

2. なぜ風は加速するのか?(太陽風の加速問題)

二つ目は、太陽風のスピードの問題です。

太陽の表面付近では、ガスはまだゆっくり漂っています。 しかし、地球に届く頃には、なぜか秒速400〜800kmという猛烈な速度(超音速)に加速されています。

ロケットならエンジンがありますが、太陽風にはエンジンがありません。 「どこで、何が背中を押しているのか?」 パーカー・ソーラー・プローブは、この風が加速を始める「音速点(アルベン点)」を通過し、その加速エンジンの正体(磁気のリコネクションや波動)を特定しようとしています。

装備:最強の「日傘」

太陽に近づくということは、灼熱地獄に飛び込むということです。 パーカーが最接近するとき、機体前面の温度は約1,400℃に達します。 普通の金属ならドロドロに溶け、電子回路は一瞬で焼き切れます。

しかし、この探査機には秘密兵器があります。 それが、機体の先端に取り付けられた厚さ11.5cmの「熱シールド(TPS)」です。

このシールド、何でできていると思いますか? 実は「炭素(カーボン)」です。 炭素繊維強化炭素複合材料(C-Cコンポジット)という、非常に熱に強い素材を泡状にして挟み込み、表面を「白いセラミック(アルミナ)」でコーティングして光を反射させています。

この盾の性能は驚異的です。

  • 盾の表側: 灼熱の 1,400℃
  • 盾の裏側(本体): 快適な 30℃

わずか約11センチの板一枚を隔てて、灼熱の地獄と快適な天国が存在しているのです。 探査機の本体やカメラは、この盾が作る「影」の中にうずくまるようにして隠れています。 もし姿勢制御をミスして、盾の影から少しでもはみ出したら……その瞬間にゲームオーバーです。


速度:人類史上最速の物体

パーカー・ソーラー・プローブのもう一つの特徴は、その「スピード」です。 太陽の強烈な重力に引かれて落下し、何度も金星でスイングバイをして加速するため、最終的な速度は時速約70万kmに達します。

これは、東京から大阪まで「2秒」で移動する速さです。 ライフルの弾丸よりも遥かに速い、人類が作った中で最も速い物体です。

なぜそんなに急ぐのか? それは「太陽の自転」に追いつくためです。 太陽と同じスピードで横に移動しながら観測することで、あたかも「太陽の上空でホバリングしている」かのような状態で、じっくりとプラズマの流れを調べることができるのです。


名前:生きている英雄

実は、NASAの探査機に「存命中の人物」の名前がつけられたのは、これが初めてでした。 その人の名は、ユージン・パーカー博士

60年前、誰もが「宇宙空間は真空だ」と思っていた時代に、「太陽からは常に電気の風(太陽風)が吹き出しているはずだ」と予言した物理学者です。 当時は信じられていませんでしたが、後にその予言が正しかったことが証明されました。

2018年の打ち上げ当日。 91歳になったパーカー博士は、杖をつきながら発射場に現れ、自分の名前を冠したロケットが太陽へ旅立つのを見送りました。 彼は数年後に亡くなってしまいましたが、彼の名前を刻んだ探査機は今も、太陽の炎の中で観測を続けています。


パーカー・ソーラー・プローブは、2024年の12月24日クリスマスイブ、ついに人類未踏の領域である「太陽表面から620万km」の距離に到達しました。 その後も、2025年を通じて計5回の最接近を成功させています。

「太陽に触れたら溶ける」 そんなイカロスの神話は、書き換えられました。 今、この瞬間もパーカーは太陽の周りを回っています。 2025年に彼が持ち帰ったデータの解析が進めば、2026年以降はきっと、私たちがまだ知らない太陽の秘密が次々と明らかになるでしょう。

参考文献

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この記事を書いた人

「深夜の星空喫茶」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

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