望遠鏡で見ると、縞模様が美しい木星。 しかし、探査機にとって、木星は太陽系で「最も近づきたくない地獄」です。
その理由は「放射線」です。 木星は強力な磁場を持っており、その周囲には電子レンジの中のような、致死性の放射線帯(ヴァン・アレン帯の超強力版)が渦巻いています。 もし人間が生身で近づけば即死。普通の電子機器なら一瞬で回路が焼き切れて終了です。
そんな「死の世界」に、あえて真正面から突っ込んでいった探査機がいます。 NASAの「ジュノー(Juno)」です。 彼は、放射線の雨あられをくぐり抜けるために、常識外れの「鎧(よろい)」と「奇抜な軌道」を装備していました。

被曝を避ける「特攻スイング」
どうすれば、電子機器を壊さずに木星に近づけるか? NASAのエンジニアが出した答えは、「放射線の薄い隙間を、猛スピードで通り抜ける」という作戦でした。
木星の放射線帯は、赤道付近にドーナツ状に広がっています。 そこでジュノーは、赤道を通らず、「北極から入って、南極へ抜ける」という縦方向の軌道(極軌道)を選びました。
- 遠くから助走をつけて、北極の真上から急降下!
- 放射線帯の内側(木星の雲のすれすれ)を、最高時速20万キロ以上で通過!
- そのまま南極へ抜けて、再び遠くへ離脱!
当初は約53日に1回、後に約38日周期へと変更されました。 まさに「ヒット・アンド・アウェイ」。 一瞬だけ観測して、データを取ったらすぐに安全圏へ逃げる。これを何十回も繰り返すのです。 それでも、毎回浴びる放射線量は相当なもの。まさに命を削るミッションです。
心臓を守る「チタンの金庫」
いくら逃げ回っても、放射線は透過してきます。 そこでジュノーは、探査機として初めて「重装甲」を纏いました。
CPUやメモリなど、壊れやすい電子機器の心臓部はすべて、厚さ1センチの「チタン製ボックス(ボールト)」の中に封印されています。 この箱だけで重さは約200kg。 まるで銀行の金庫の中にスマホを入れて飛ばすようなものです。
「絶対に脳みそ(CPU)だけは守り抜く」 そんな執念が、この無骨なチタンの塊には込められています。
暗闇で発電せよ
ジュノーのもう一つの異常な点は、その「デカさ」です。 機体から3方向に伸びた太陽電池パドル。広げるとバスケットボールのコートほどの大きさになります。
木星は太陽から遠いため、届く光のエネルギーは地球のわずか4%(25分の1)しかありません。 これまでの木星以遠の探査機(ボイジャー、ガリレオ、カッシーニなど)は、太陽光を諦めて「原子力電池(RTG)」を使ってきました。
しかし、ジュノーはあえて「太陽電池」を選びました。 (※背景には、当時RTG用のプルトニウムが世界的に不足していた事情もあります) わずか4%の光でも動けるように、最新の高効率セルを敷き詰め、巨大な面積で稼ぐ。 地球付近なら14,000ワットも発電できるパネルですが、木星ではたったの400ワット(ドライヤーの弱風程度)しか作れません。
このカツカツの電力で、巨大な通信アンテナや観測機器をやり繰りしているのです。 バッテリーの温度管理(凍結防止)と発電量の収支計算は、管制室の胃が痛くなるポイントでしょう。
見えてきた「中身」と幾何学的な極地
命がけのダイブのおかげで、ジュノーは木星の驚くべき姿を暴きました。
- 極地のサイクロン: 北極には8個、南極には5個の台風が、互いにぶつかることなく綺麗な「幾何学模様」を描いて並んでいました。
- あやふやな核: これまで「木星の中心には岩石の核がある」と思われていましたが、ジュノーの重力測定によると、核ははっきりしたボール状ではなく、「溶けて広がった、あやふやな状態」である可能性が出てきました。
「Juno(ジュノー)」という名前は、ローマ神話の女神ユノに由来します。 彼女は、主神ジュピター(木星)の「妻」です。
神話のジュピターは、自分の浮気を隠すために雲を身にまといました。 しかし、妻のジュノーだけは、その雲を見透かして夫の正体を見破ることができました。
探査機ジュノーもまた、分厚い雲を見透かし、木星の真実を暴き続けています。

参考文献
コメント