人類最後の死角。太陽の「北極と南極」を見るために旅立ったソーラー・オービター

太陽系のすべての惑星は、太陽の赤道ではなく「黄道面(地球の公転面)」にほぼ沿って回っています。太陽の自転軸はこの面に対して約7度ほど傾いているため、極地は地球からの観測の死角になっていました。

従来の太陽観測(SOHOやACE、ひのでなど)は、地球周辺や黄道面上に配置された衛星からの視点に限られていました。
太陽の赤道付近はよく見えても、回転の中心である極地を真上から見下ろすことはできなかったのです。

その最後の空白を埋めるために、欧州宇宙機関(ESA)が送り込んだのが、「ソーラー・オービター(SolO)」です。

solar-orbiter
Image Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center/Genna Duberstein. Animation by ESA/ATG Medialab.

目次

軌道:物理法則との戦い

なぜ今まで極地を見なかったのでしょうか? 技術がなかったから? いえ、「エネルギーが足りなかったから」です。

高速で回転しているコマ(太陽系)の中で、自分だけ縦方向に動くには、猛烈なエネルギーが必要です。 ロケットの燃料だけでは到底足りません。

そこでソーラー・オービターは、気の遠くなるような「助走」を行うことにしました。 金星と地球を使って、何度も「スイングバイ(重力アシスト)」を繰り返すのです。

金星の近くを通過するたびに、その重力を借りて、少しずつ軌道を「傾けて」いきます。 何年もかけて少しずつ角度をつけ、最終的には太陽の赤道面に対して最大およそ33度の角度から、太陽の極地を観測する計画です。 まさに、惑星を自由自在に使う、宇宙のアクロバット飛行です。


目的:磁石の「芯」を見る

なぜそこまで苦労して極地を見たいのでしょうか? まだ誰も見たことがないから、という理由もあるかもしれませんが、極地に「太陽活動の肝」があると考えられているからです。

太陽は巨大な磁石ですが、その磁力線は、北極から出て南極へ入っていきます(あるいはその逆)。 つまり、極地は「磁力線が集中して出入りする場所」なのです。

  • 黒点がなぜ11年周期で増えたり減ったりするのか?
  • なぜ11年ごとにN極とS極がひっくり返るのか?(ダイナモ理論)

これらの謎を解く鍵は、すべて極地に隠されています。 「横から見ているだけでは、磁石の本当の形は分からない」。 ソーラー・オービターは、太陽物理学の教科書の、最後の空白ページを埋めに行っているのです。


装備:ハイテクを守る「古代の知恵」

ソーラー・オービターは、太陽にかなり接近します(水星よりも内側)。 その表面温度は500℃以上に達します。 普通の金属なら焼きなまされてしまい、カメラは壊れてしまいます。

この熱から機体を守るために、特殊な「熱シールド」が開発されました。 チタン製のシールドの表面に塗られている黒いコーティング剤。 これ、何でできていると思いますか?

実は、「SolarBlack」と呼ばれる、骨炭(動物の骨を焼いた炭)を利用したきわめて安定なコーティング材です。 そう、石器時代の人類が洞窟壁画を描くのに使ったのと、基本的には同じ素材です。

最新の化学合成素材では、強い紫外線や粒子線で劣化してしまいます。 しかし、カルシウムとリンでできた「骨」は、化学的に非常に安定しており、宇宙空間でも変質しません。 「最先端の宇宙船を、先史時代の顔料が守っている」。 なんだかロマンを感じませんか?


相棒:パーカーとの連携

ソーラー・オービターには、強力なパートナーがいます。 NASAの「パーカー・ソーラー・プローブ」です。

  • パーカー: 太陽の大気(コロナ)の中に突っ込んで、直接触る。(でも近すぎて写真は撮れない)
  • オービター: 少し離れたところから、パーカーがいる場所を撮影する

「現場に突入する部隊」と「それを上空から支援するスナイパー」。 この2機が同時に観測することで、太陽研究は完成形に近づきます。


SOHOの正面、STEREOの側面、ひのでの顕微鏡。 そしてソーラー・オービターによる極地の俯瞰図。

これでようやく私たちは、太陽を「赤道面上からの立体視(STEREO)」と「高緯度からの俯瞰視(Solar Orbiter)」の両方で理解できるようになります。 現在、ソーラー・オービターは旅の途中。 数年後、そこから送られてくる「初めて見る太陽の頭頂部」の写真は、きっと見たこともない渦巻きを描いていることでしょう。

参考文献

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この記事を書いた人

「深夜の星空喫茶」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

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