火星探査機オポチュニティは、火星全土を覆う砂嵐によって永遠の眠りにつきました。 「太陽電池は、クリーンだけど、砂と夜には勝てない」
NASAのエンジニアたちは決断しました。 「次のローバーには、天候に左右されない最強の心臓を持たせよう」

こうして2012年、ゲール・クレーターに降り立ったのが、マーズ・サイエンス・ラボラトリー、通称「キュリオシティ」です。 彼には、あの象徴的な「黒いソーラーパネルの翼」がありません。 その代わり、お尻に白い円筒形のタンクを背負っています。 これこそが、彼を最強たらしめる「原子力電池(RTG)」です。
電源:背負っているのは「原子力発電所」
キュリオシティが搭載しているのは、MMRTG(マルチミッション放射性同位体熱電気転換器)という装置です。 名前は難しいですが、仕組みはシンプルです。
- 燃料: プルトニウム238(放射性物質)
- 熱: プルトニウムが崩壊するときに出す猛烈な「崩壊熱」を利用する
- 発電: その熱を熱電対(ゼーベック効果)で電気に変える
つまり、「ずっと熱いカイロで発電し続ける装置」です。 これのおかげで、キュリオシティには「夜」も「冬」も「砂嵐」も関係ありません。 24時間365日、常に一定の電力(約110W)が供給され続けます。 オポチュニティが震えて眠っていた真冬の夜でも、キュリオシティはバリバリと岩を掘削できるのです。
軽自動車を「モバイルバッテリー」で動かすようなもの
キュリオシティの重さは約900kg。これは日本の軽自動車(スズキ・アルトなど)とほぼ同じ重さです。
一方、彼が背負っている原子力電池(RTG)の出力は約110W。 これは、最近のノートPCを充電できる「高出力タイプのモバイルバッテリー」1個分と同じくらいのパワーです。
想像してみてください。 「軽自動車にモバイルバッテリーを繋いで、走ることができますか?」
ご想像通り、無理な話です。私たちが普段乗っている軽自動車(EV)を動かすには、47,000ワットものパワーが必要です。
しかし、キュリオシティはそれをやってのけます。 「エネルギー・マネジメント」の秘密があります。
- 貯める(充電): 24時間休みなく発電される110Wの電気を、時間をかけてリチウムイオン電池にチビチビと貯める。
- 解き放つ(放電): 貯まった電気を、ここぞという時に一気にドカンと使う!
つまり、「モバイルバッテリーの微弱な電気で、直接タイヤを回している」のではなく、「モバイルバッテリーで内蔵電池を満タンにしてから、一瞬だけ全力疾走している」のです。
着陸:恐怖の7分間
キュリオシティは、電源だけでなく「体格」も規格外です。 全長3m、重さは約900kg。先代のオポチュニティ(180kg)とは大人と子供ほどの差があります。
重すぎて、もう「エアバッグ」では着陸できません。弾む前に割れてしまいます。 そこでNASAが編み出したのが、狂気の着陸システム「スカイクレーン」です。
- 火星の上空でパラシュートを開く。
- 逆噴射ロケットを背負った「クレーン船」が分離し、空中でホバリングする。
- クレーン船から、ロープ(ケーブル)でキュリオシティを吊り下げて、そっと地面に置く。
- 着陸したらケーブルを切り、クレーン船は遠くへ飛び去って墜落する。
「SF映画かよ!」とツッコミたくなる複雑さですが、NASAはこれを「恐怖の7分間(Seven Minutes of Terror)」と呼び、見事に成功させました。
熱利用:捨てるところがない
RTGのメリットは電気だけではありません。「熱」です。 火星は平均気温マイナス60℃の世界。 かつてのローバーは、せっかく作った電気をヒーターの発熱に使って消費していました。
しかしキュリオシティは、RTGから出る「廃熱」を捨てずに利用しています。 RTGは、約2000W相当の崩壊熱を発生させ、その一部(約110W)を電力に変換し、残りの大半を廃熱として利用しています。パイプを通して機体内部に熱を循環させ(液冷システムの逆)、電子機器をポカポカに温めているのです。 エネルギー効率の観点から見て、究極のサーマルマネジメント・システムと言えるでしょう。
2026年現在も現役
2012年に着陸したキュリオシティは、設計寿命の2年を遥かに超え、着陸から10年以上経った今(2026年)も現役で稼働しています。
「かつて火星には川が流れていた」 その証拠となる丸い小石を見つけたのも彼です。 原子力という尽きない心臓を手に入れた彼は、今日も孤独に、しかし力強く、シャープ山(Aeolis Mons)を登り続けています。
そして彼の成功は、瓜二つの後継機「パーサヴィアランス」へと受け継がれ、ついに生命の痕跡を探す旅へと繋がっていくのです。



参考文献
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