「ラグランジュポイント」。 最近ではジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のニュースや、SFアニメ『ガンダム』などで、この言葉を耳にする機会が増えました。
「重力が釣り合う不思議な場所」 「宇宙のたまり場」
そんなふうに解説されることが多いですが、そもそも「ラグランジュ」って何の名前かご存じですか?実はこれ、ある一人の天才数学者の名前なんです。
今日は、人類が宇宙に飛び出すよりも遥か昔、今から約250年も前に「宇宙の地図」を頭の中だけで完成させていた男、ジョゼフ=ルイ・ラグランジュの物語をお届けします。
人物:激動の時代を生きた天才
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736-1813)。 彼はイタリアで生まれ、フランスで活躍した18世紀最大の数学者の一人です。

彼が生きたのは、まさに激動の時代。 フランス革命の混乱期を生き抜き、あのマリー・アントワネットの教育係を務めたこともあれば、後の皇帝ナポレオン・ボナパルトからは「ピラミッドのように偉大な数学者だ」と絶賛され、貴族の地位まで与えられました。
しかし、彼の性格はとても控えめだったと言われています。 口癖は「私は知らない(Je ne sais pas)」。 謙虚で静かなこの天才は、派手な社交界よりも、机の上で数式と向き合うことを愛していました。
難問:物理学の壁「三体問題」
彼が挑んだのは、当時の物理学における最大の難問、「三体問題(さんたいもんだい)」でした。
ニュートンが万有引力を発見してから、科学者たちは星の動きを計算できるようになりました。「太陽」と「地球」のように、2つの星がお互いに引っ張り合う動き(二体問題)は、きれいに計算できます。
しかし、ここに「月」などの3つ目の星が加わると、話は一変します。 あっちで引っ張り、こっちで引っ張り……3つの重力が複雑に絡み合い、動きは予測不能な「カオス(混沌)」になってしまうのです。 現代のスーパーコンピュータでも完全に解くのは難しいとされる、超難問です。
「3つの星の動きを完全に解き明かすのは不可能だ」 多くの学者がそう諦めかけていました。
発見:羽ペンで描いた「宇宙の地図」
しかし、ラグランジュは諦めませんでした。 「全ての動きを解くのは無理でも、特殊な条件(解)ならあるのではないか?」
電卓もコンピュータもない時代。 彼はロウソクの灯りの下、羽ペンとインクで膨大な数式を書き続けました。 そして1772年、ついに彼は一つの答えに辿り着きます。
「もし、3つ目の物体がとても軽ければ……重力のバランスが完全に釣り合い、位置関係が変わらないポイントが5つ存在する」

これが、後に彼の名前を冠して呼ばれることになる「ラグランジュポイント(L1〜L5)」です。 人類が初めて空を飛ぶ(ライト兄弟)よりも100年以上前。 ロケットなんて影も形もない時代に、彼は数学の力だけで、宇宙空間にある「目に見えない5つのポケット」を発見していたのです。
250年越しの答え合わせ
ラグランジュの発見から約250年が経ちました。
現在、彼が計算で導き出した「L2ポイント」にはジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が浮かび、「L1ポイント」には太陽観測衛星が浮かんでいます。 そして「L4・L5ポイント」には、彼の予言通り、小惑星の群れ(トロヤ群)が見つかっています。
現代の最先端宇宙ミッションはすべて、250年前に一人の数学者が頭の中で描いた「地図」の上で行われているのです。 そう思うと、無機質な宇宙のニュースも、少しドラマチックに見えてきませんか?
参考文献
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