惑星じゃなくなっても関係ない。探査機「ニュー・ホライズンズ」が見つけた冥王星の「ハート」

2006年1月。一機の探査機が、猛烈なスピードで地球を飛び立ちました。 NASAの「ニュー・ホライズンズ」。 彼の目的地は、当時「太陽系第9惑星」と呼ばれていた冥王星でした。

しかし、運命のいたずらが彼を襲います。 打ち上げからわずか半年後、天文学のルールが変わり、冥王星は「惑星」の座を剥奪されてしまったのです。

「目的地は、もう惑星じゃないの?」 それでも彼は止まりません。 片道9年半、50億キロの孤独な旅。 その果てに彼を待っていたのは、地位を失った星からの、愛おしくなるようなメッセージでした。


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史上最速のスタートダッシュ

ニュー・ホライズンズの最大の特徴は、その「速さ」です。 冥王星はあまりにも遠いため、普通の速度では到着までに何十年もかかってしまいます。 そこでNASAは、彼を「人類史上最も速い初速」で打ち上げました。

その速さは桁違いです。 アポロ宇宙船が3日かかった「地球〜月」の距離を、彼はなんとたった「9時間」で通過しました。 まばたきする間に視界から消えるようなスピードです。

ただし、これには代償があります。 速すぎてブレーキがかけられないのです。 だから彼は、冥王星の周回軌道には入れません。 一発勝負の「フライバイ(通過観測)」。 すれ違いざまの一瞬にすべてを賭ける、スリル満点のミッションでした。

New Horizons
Image Credit: NASA/JHUAPL/SwRI

発見者の魂とともに

ニュー・ホライズンズには、ある特別な荷物が積まれていました。 1930年に冥王星を発見した天文学者、クライド・トンボーの「遺灰」です。

トンボーは生前、「いつか冥王星の姿を見てみたい」と願っていました。 その願いを叶えるため、探査機は彼の遺灰を抱いて宇宙を旅したのです。

「見てください、トンボーさん。あれがあなたの見つけた星ですよ」 2015年7月。9年半の旅の末、ついにその時が訪れました。


冥王星からの「ハート」

送られてきた高解像度の写真は、世界中を驚かせました。 ぼんやりとした暗い星だと思われていた冥王星の表面に、くっきりと白い「巨大なハートマーク」が描かれていたからです。

冥王星の画像
Image Credit: NASA/JHU APL/SwRI

「惑星じゃなくなっても、君を待っていたよ」 まるでそう語りかけてくるような美しいハート。 この場所は、発見者に敬意を表して「トンボー領域(Tombaugh Regio)」と名付けられました。

科学的に見ると、このハートの正体は氷の平原です。 ただし、水の氷ではなく「窒素の氷」です。 マイナス230℃の世界では、窒素が凍って氷河のように流れ、クレーターのないツルツルしたハート形を作っていたのです。


果ての「雪だるま」へ

冥王星を通り過ぎた後も、ニュー・ホライズンズの旅は終わりません。 彼はさらに奥地、カイパーベルトにある小天体「アロコス(Arrokoth)」を目指しました。

2019年、撮影に成功したその星は、まるで「雪だるま」のような形をしていました。 二つの丸い岩が、優しくくっついた不思議な姿。 これは、太陽系が生まれた46億年前、塵やガスが静かに集まって星になった瞬間をそのまま残している「化石」でした。

Arrokothの雪だるまのような外観
Image Credit: NASA/Johns Hopkins University Applied Physics Laboratory/Southwest Research Institute/Roman Tkachenko

彼は今も、太陽系の果てに向かって飛び続けています。 原子力電池(RTG)の寿命が尽きるその日まで、未知の世界を照らし続けるでしょう。


惑星か、準惑星か。 そんな人間が決めた分類なんて、宇宙では何の意味もありませんでした。 ニュー・ホライズンズが見せてくれた冥王星は、どんな惑星よりも美しく、ダイナミックで、愛嬌のある星でした。

ハートマークを見せる冥王星と、遺灰を抱いて駆け抜けた探査機。 それは、科学ミッションでありながら、どこか「愛」を感じさせる旅でした。 夜空を見上げて、遠く離れたあのハートを想像してみてください。 きっと、優しい気持ちになれるはずです。

参考文献

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この記事を書いた人

「深夜の星空喫茶」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

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