あと一歩で燃え尽きた夢。日本初の火星探査機「のぞみ」が直面した「太陽フレア」の悲劇

日本のJAXAが挑む最新の火星衛星探査計画「MMX」を聞くと、 「日本がNASAの機器を乗せて火星に行くなんて、すごい時代になったな」 そう思った方もいるかもしれません。

しかし、日本が火星を目指すのは、実はこれが初めてではありません。 MMXから遡ること20年以上前。 1998年に打ち上げられ、度重なるトラブルに見舞われながらも、満身創痍で火星を目指し続けた一機の探査機がいました。

探査機の名は「のぞみ」。 これは、火星になれなかった探査機と、決して諦めなかった技術者たちの、5年間にわたる戦いの記録です。

火星探査機のぞみの外観
Image Credit: JAXA and ISAS

目次

順調すぎた旅立ちと、小さなバルブ

1998年7月。日本初の火星探査機「のぞみ」は、M-Vロケットで華々しく打ち上げられました。 目的は、火星の大気と太陽風の相互作用を調べること。

しかし、地球を離れてすぐに悲劇が起きます。 軌道変更のためのエンジン噴射中、「逆止弁(バルブ)」の一つが開かないトラブルが発生。燃料が想定通りに流れず、加速不足に陥ってしまったのです。

「もう火星には届かない」 管制室に絶望が走りましたが、軌道計算チームが奇策を編み出します。 「火星への到着は遅れるが、地球の周りをもう一度回って勢いをつける(地球スイングバイを2回追加する)ルートなら届く!」

当初の予定より4年も到着が遅れることになりましたが、それでも「のぞみ」は旅を続けることができました。 しかし、これは苦難の始まりに過ぎなかったのです。


最大の敵、太陽フレア

2002年4月。火星へ向かう長い旅の途中で、とどめの一撃が襲います。 大規模な「太陽フレア」の直撃です。

強烈な放射線と高エネルギー粒子を浴びた「のぞみ」の電子回路は深刻なダメージを受けました。 最も致命的だったのは、「燃料タンクのヒーター電源」がショートして壊れてしまったこと。

宇宙空間は極寒です。ヒーターが切れれば、液体燃料(ヒドラジン)は凍りつき、シャーベット状になって固まってしまいます。 燃料が凍れば、エンジンは点火できません。 それは、ブレーキもハンドルも効かない状態で宇宙を漂流することを意味します。


本来の用途ではない「カイロ」

ヒーターが死んだ。どうやって燃料を解凍するか?」 絶体絶命のピンチで、技術者たちはある決断をします。

「搭載している観測機器のスイッチを、全部入れよう」

カメラや計測器などの観測機器は、電気を使うと熱を持ちます。 本来なら、火星に着くまで眠らせておくはずの大事な機器たち。 しかし彼らは、その「わずかな排熱」をヒーターの代わりにしようと考えたのです。

観測データを取るためではなく、ただ「熱」を出すためだけにスイッチを入れる。 1億キロ彼方にある精密機械を「高級な電気カイロ」として使うという、前代未聞の運用でした。

太陽の熱と、観測機器の熱。 二つの熱を数ヶ月かけてジワジワと燃料タンクに伝え続けた結果、奇跡的に燃料は解凍されました。 「のぞみ」は息を吹き返したのです。


最後の決断

2003年12月。 5年半の苦闘の末、「のぞみ」はついに火星の目の前までたどり着きました。 しかし、度重なるトラブルで回路はボロボロ。 最後の最後に、火星周回軌道に入るためのメインエンジン噴射に必要な制御装置が、どうしても動きませんでした。

これ以上無理をさせれば、「のぞみ」は制御不能になり、そのまま火星の大地に「墜落」してしまうかもしれない。 もし地球の菌が付着した機体が墜落すれば、火星の環境を汚染してしまうことになります(惑星保護方針への抵触)。

JAXA(当時はISAS)は、苦渋の決断を下しました。 「火星への軌道投入を断念する」

最後の力を振り絞り、姿勢制御用の小さなスラスターを吹かして、軌道をわずかに修正。 「のぞみ」は、火星の横(高度1000km)をすり抜け、そのまま永遠の人工惑星軌道へと飛び去っていきました。


そしてMMXへ

「のぞみ」のミッションは、結果だけ見れば「失敗」です。 しかし、この5年間で培われた、

  • 複雑怪奇な軌道計算技術(スイングバイ)
  • イオンエンジンや通信機の極限運用
  • 「絶対に諦めない」という運用チームの精神

これらはすべて、直後に打ち上げられた小惑星探査機「はやぶさ」に受け継がれ、あの奇跡の帰還へと繋がりました。 「のぞみ」の屍(しかばね)を越えて、「はやぶさ」は地球に帰ってきたのです。

そして2026年。 「のぞみ」が到達できなかった火星圏へ、その直系の孫にあたる「MMX」が挑みます。 MMXの打ち上げ映像を見るとき、その背中には、かつて火星の横を走り抜けていった「のぞみ」の姿が重なって見えるはずです。

参考文献

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この記事を書いた人

「深夜の星空喫茶」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

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