今でこそ、太陽の表面で爆発(フレア)が起きたり、ガスが噴き出したりするのは教科書に載っているような、みなさんが知っている知識です。 しかし、ほんの30年ほど前まで、天文学者たちはこう思っていました。 「コロナは基本的に穏やかで、活動は限られた場所で起きるものだ」と。
その常識を、たった一機でひっくり返した日本の衛星があります。 1991年に打ち上げられた「ようこう(Yohkoh)」です。
彼がX線カメラで撮影した太陽を見た瞬間、世界中の科学者が椅子から転げ落ちそうになりました。 そこには、静寂とは程遠い、激しく波打ち、常にどこかで爆発を繰り返す「ダイナミックな太陽」が映っていたからです。
今日は、現代太陽物理学の扉をこじ開けた、日本のレジェンド衛星のお話です。
発見1:太陽は生きている
「ようこう」の最大の武器は、高性能な「軟X線望遠鏡」でした。 それまでの観測技術ではボヤッとしか見えなかったコロナを、クッキリとした画像で捉えることに成功したのです。
その画像は衝撃的でした。
- 磁力線が複雑に絡み合っている。
- ジェットのようなガスが噴き出している。
- あちこちで「マイクロフレア」という小さな爆発が起きている。
「太陽は、ただ燃えている火の玉ではなく、磁気エネルギーで動く活動体だったんだ」 このパラダイムシフト(常識の転換)こそが、ようこうの最大の功績です。
発見2:爆発の証拠をつかむ

そしてもう一つ、ようこうには歴史的な発見があります。「磁気リコネクション」の証拠を見つけたことです。
当時、「太陽フレアの原因は、磁力線のつなぎ変え(リコネクション)だろう」という仮説はありましたが、誰も証拠を見たことがありませんでした。
ようこうは、フレアが起きた場所を撮影し、そこに「カスプ(Cusp)」と呼ばれる独特な形(磁力線が引きちぎられて、根元が閉じようとしているY字型の構造)があることを発見しました。 これが「犯行現場に残された指紋」となり、「太陽フレア=巨大な磁気ショート」であることが証明されたのです。
最期:日食との運命
数々の発見をした「ようこう」ですが、その最期は非常にドラマチックでした。 打ち上げから10年後の、2001年12月14日。 この日は、アメリカなどで「金環日食」が見られる日でした。
「ようこう」も軌道上から日食を観測しようと待ち構えていました。 しかし、ちょうど地球の影に入ったタイミングで、姿勢制御センサーにトラブルが発生。 機体が予期せぬ回転を始めてしまったのです。
懸命な復旧作業が行われましたが、太陽電池に光が当たらなくなり、バッテリーが切れ……そのまま通信が途絶えました。 まるで、太陽が隠れる(日食)のと運命を共にするかのように、その役目を終えたのです。
ひのでへ繋ぐバトン
「ようこう」が観測を終えてから5年後の2006年。 その意志を継ぐ後継機として打ち上げられたのが、「ひので」です。

「ようこう」が全体像を解明し、「ひので」がその詳細を顕微鏡で覗く。 日本の太陽観測技術は、このリレーによって世界トップレベルの地位を確立しました。
もし、X線写真で撮られた「激しく輝く太陽の画像」を見かけたら、思い出してください。 「太陽は静かじゃない」と最初に教えてくれた、日本のパイオニアのことを。

参考文献
- 日本物理学会誌|「ようこう」が見た太陽コロナ:そのX線観測10年の成果
- NAOJ|日本の太陽観測衛星
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