夕暮れの西の空や、明け方の東の空で、ひときわ明るく輝く「一番星」を見たことはありますか? それが、金星(きんせい)です。
美しく輝くその姿から、ローマ神話では「ヴィーナス(愛と美の女神)」と名付けられました。 地球と大きさも重さもそっくりで、かつては「地球の双子」と呼ばれたこともあります。
でも、探査機がその厚いベールをめくった時、科学者たちは言葉を失いました。 そこは、女神の住処どころか、気温460℃、90気圧という、鉛さえも溶けてしまう「地獄」だったからです。
なぜ、双子として生まれたはずの金星は、これほどまでに過酷な世界になってしまったのでしょうか? 今日は、金星を襲った悲劇のシナリオ、「暴走温室効果」についてお話ししましょう。

「毛布」を被りすぎた惑星

金星が熱い理由。それは太陽に近いから……だけではありません。 実は、もっと太陽に近い水星よりも、金星の方がずっと熱いのです。
その犯人は、「二酸化炭素(CO₂)」です。
地球の大気が薄いシャツだとしたら、金星の大気は「分厚い羽毛布団を90枚重ねた」ような状態。 しかも、その成分の96%以上が、熱を逃がさない性質を持つ二酸化炭素です。
太陽から届いた熱は、地面を温めます。本来なら、その熱は宇宙へ逃げていくはずなのですが、分厚すぎる二酸化炭素の布団に捕まり、そのまま閉じ込められてしまうのです。 これがいわゆる「温室効果」です。
でも、ただの温室効果ではありません。 金星で起きたのは、もう誰にも止められない「暴走」でした。

運命を分けた「水」の蒸発
昔々、生まれたばかりの金星には、地球と同じように「海」があったかもしれないと言われています。 どれほどの量の水が、どのくらいの期間存在したかは、今も研究が続いていますが、その海はどこへ消えたのでしょうか?
ここで、「なぜ一度暴走が始まると止まらないのか」を、身近な例で想像してみてください。暑い夏の日に、ストーブをガンガンに焚いた部屋でお湯を沸かすところを。
- 太陽の熱が強まる 金星は地球より少しだけ太陽に近いため、受け取る熱が強力でした。
- 海が蒸発する 熱くなった海から、大量の「水蒸気」が空へ立ち上ります。
- 水蒸気がさらに熱を閉じ込める 実は、水蒸気は二酸化炭素以上に強力な「温室効果ガス」なんです。 蒸発すればするほど、空気が熱を閉じ込め、気温がさらに上がります。
- 止まらない悪循環(正のフィードバック) 気温が上がれば、もっと海が蒸発する。 もっと蒸発すれば、さらに気温が上がる……。2に戻り、繰り返されてしまいます。
これが「水蒸気フィードバック」と呼ばれる現象です。 一度スイッチが入ると、全ての海が干上がるまで止まらない。 これが、金星で起きた「暴走」の正体です。

宇宙へ消えた水、残された二酸化炭素
地球では、雨が降り、川が流れ、二酸化炭素は岩石や海に吸収されて閉じ込められました(だから地球の空気中はCO₂が少ないのです)。
しかし、灼熱となった金星では、雨が降るどころではありません。 干上がった海の水蒸気は、強力な太陽の光で分解され、軽い水素となって宇宙の彼方へ逃げ出してしまいました。
そして、海という「吸収先」を失った二酸化炭素だけが、行き場をなくして大気中に溢れかえったのです。
結果、金星は「二酸化炭素の厚い布団」と「逃げ場のない熱」だけが残る、今の姿になりました。
地球も他人事ではない?「ハビタブルゾーン」の奇跡
こうして見ると、地球と金星の違いは、本当に紙一重だったことがわかります。
もし地球があと少しだけ太陽に近かったら。 私たちの海も蒸発し、暴走温室効果のスイッチが入っていたかもしれません。
太陽からの距離が、「水が液体のままでいられる」絶妙な範囲だったこと。 これを天文学では「ハビタブルゾーン(生命居住可能領域)」と呼びます。
金星の悲劇的な姿は、私たちが住むこの地球の環境が、いかに奇跡的なバランスの上に成り立っているかを、無言のうちに教えてくれているのです。

まとめ
美しく輝く金星の正体は、温室効果が「暴走」した果ての姿でした。 かつてあったかもしれない海は空へ消え、分厚い雲が熱を閉じ込め続けています。
今夜、西の空に一番星を見つけたら、思い出してください。 「あの輝きの下には、地球になれなかった双子の、悲しい歴史が隠されているんだ」と。
参考文献
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