月へ帰る約束。アルテミス計画と「3体の人形」が挑んだ静かなる冒険。アルテミスⅠ解説

みなさんは、最近じっくりと月を眺めましたか?

「ただの明るい岩石でしょ?」 「ウサギが餅つきしてる場所だよね」

そんなふうに思っている方もいるかもしれません。 でも、もしその月が、50年もの間、ずっとある「約束」が果たされるのを待っていたとしたらどうでしょう。

今日は、半世紀の時を超えて再び動き出した人類の壮大な冒険、「アルテミス計画」の第一歩についてお話しします。 誰一人として言葉を発することのない、けれど誰よりも雄弁な「3体の人形」たちが挑んだ、静かで熱い旅の物語です。

この記事を読み終える頃には、夜空に浮かぶ月が、少しだけ「懐かしい場所」のように感じられるかもしれません。



目次

50年ぶりの「ただいま」を言うために

みなさんは「アポロ計画」という名前、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。 1969年、アポロ11号が月面に着陸し、ニール・アームストロング船長が人類で初めて月に足跡を残しました。

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」

あまりにも有名なこの言葉と共に、世界中が熱狂しました。 しかし、1972年のアポロ17号を最後に、人類は月への有人飛行を行っていません。 それから約50年。月は、静寂に包まれたまま、ただ地球の周りを回り続けていました。

「もう一度、月へ」

その想いが結晶となったのが、今回お話しする「アルテミス計画」です。 ちなみに「アルテミス」とは、ギリシャ神話に登場する月の女神の名前。そして彼女は、太陽神「アポロ」の双子の姉でもあります。 弟が切り拓いた道を、今度は姉が、より力強く、より遠くへと進んでいく。 なんだか、神話のようなロマンチックなつながりを感じませんか?

なぜ今、また月へ?

「昔行ったんだから、もういいじゃない」と思うかもしれません。 でも、今回のアルテミス計画は、アポロ計画とは目的が少し違います。

アポロが「月へのタッチダウン(訪問)」だったとするなら、アルテミスは「月への引越し(滞在)」の準備です。 そしてその先には、さらに遠く、赤い惑星「火星」への旅も見据えています。

炎の龍と、静かなる乗客たち

2022年11月16日。 アメリカ・フロリダ州の夜空を、とてつもない閃光が切り裂きました。 「アルテミス1号」の打ち上げです。

artemis1の打ち上げ時写真
Image Credit: NASA/Keegan Barber

このミッションの最大の目的は、「人間を乗せても大丈夫か?」を確認すること。 新しいロケット「SLS(スペース・ローンチ・システム)」と、新しい宇宙船「オリオン」の性能をテストするための、いわば「壮大な毒味」あるいは「命がけのリハーサル」です。

史上最強のロケット、SLS

SLSロケットは、自由の女神よりも背が高く、そのパワーはかつてのアポロを打ち上げたサターンVロケットをも凌駕します。 打ち上げの瞬間、その轟音と衝撃波は、数キロ離れた場所にいる観客の服をビリビリと震わせたと言います。 まるで、50年分の人類の夢を背負って、眠れる龍が目覚めたかのような光景でした。

宇宙船「オリオン」の乗客リスト

さて、このアルテミス1号。 「無人飛行」と言われていますが、実は「誰も乗っていなかった」わけではありません。コックピットには、3人の(正確には3体の)特別な乗客が座っていました。

  1. 船長席:ムーニキン・カンポス司令官 実物大の男性マネキンです。 彼は、最新のオレンジ色の宇宙服を着込み、飛行中の振動や放射線量を記録するセンサーを体中に取り付けていました。 ちなみに「カンポス」という名前は、かつてのアポロ13号の奇跡の生還を支えたエンジニア、アルトゥーロ・カンポス氏にちなんで名付けられました。
  2. ヘルガとゾーハ こちらは女性の胴体モデルのマネキンです。 人間の体、特に女性の体は宇宙放射線の影響を受けやすいと言われています。 彼女たちは、5600個ものセンサーを身につけ、将来、女性宇宙飛行士が安全に月へ行けるかどうかを、その身をもって確かめる役割を担いました。

そしてもう一人(?)、忘れてはいけないのが、世界一有名なビーグル犬「スヌーピー」です。 彼は無重力状態になったことを知らせる「無重力インジケーター」として、ふわふわと船内を漂う大役を任されました。

言葉を話さない彼らですが、その背中には、これから宇宙へ旅立つ全人類の命がかかっていたのです。

地球が「青いビー玉」に見える場所まで

打ち上げから数日後、オライオン宇宙船は月へと到着しました。 しかし、ただ着陸するわけではありません。月の裏側を通り、月面から数万キロも離れた軌道を大きく回る、遠大なコース(遠方逆行軌道)を描きました。

地球からの距離、43万キロ

ミッションの最中、オライオンは地球から約43万2000キロメートルという、有人宇宙船(を想定した船)としての最遠記録を更新しました。

想像してみてください。 窓の外には、クレーターでボコボコした灰色の月の地表。 そしてその向こう側、漆黒の闇にぽつんと浮かぶ、小さな小さな青い点。

それが、私たちの住む地球です。

かつてアポロの宇宙飛行士たちが「地球の出(アースライズ)」を見て涙したように、 無言のムーニキン司令官もまた、その青い輝きを静かに見つめていたはずです。 そこには、70億人の生活があり、喜びがあり、悲しみがあり、そして温かいミルクティーがある。 そう思うと、広大な宇宙の中で、私たちの星がいかに奇跡的で、守るべき存在であるかが心に染みてきます。

月から見た地球
Image Credit: NASA

帰還、そして炎のスキップ

約26日間の旅を終え、オライオン宇宙船はいよいよ地球へ帰還します。 ここが、今回のミッションで最も危険な瞬間でした。

月からの帰り道、宇宙船のスピードはマッハ32(時速約4万キロ)に達します。 この猛スピードで大気圏に突入すると、船体の温度は摂氏2800度にもなります。 太陽の表面温度の約半分という、想像を絶する熱です。

水切りのような「スキップ・エントリー」

今回、オリオンは「スキップ・エントリー」という新しい技術に挑戦しました。 川面で平らな石を投げて跳ねさせる「水切り」遊び、みなさんもやったことがありませんか? あれと同じように、一度大気圏に弾かれてジャンプし、スピードと熱を逃がしてから、もう一度ゆっくりと突入するのです。

まるで、荒ぶる大気の波をサーフィンのように乗りこなす高度なテクニック。 これによって、中の宇宙飛行士(今回はマネキンたちですが)にかかる負担を劇的に減らすことができます。

2022年12月11日。 オリオン宇宙船は、見事なパラシュートを開き、太平洋の青い海へと静かに着水しました。 完璧な帰還でした。

「次こそは、君たちの番だ」

アルテミス1号の成功は、単なる機械のテストではありませんでした。 それは、宇宙船オリオンと、3体のマネキンたちが、 「大丈夫。道は繋がっているよ」 と、私たち人間に教えてくれたメッセージでもあります。

彼らが命がけ(?)で集めたデータのおかげで、私たちは次のステップへと進むことができます。

そう、次はいよいよ「アルテミス2号」。 今度はマネキンではありません。生身の人間が4人、あのオリオンに乗り込み、月へと旅立ちます。

かつて、アポロが置いてきた夢の続き。 無人の1号が切り拓いたその軌跡を、今度は人間の鼓動がなぞっていくことになるのです。

今夜、月を見上げてみませんか?

アルテミス1号の旅路、いかがでしたでしょうか。

ただの機械の塊だと思っていたロケットや宇宙船が、なんだか少し、健気で愛おしく思えてきませんか? 冷たい宇宙空間で、誰とも会話することなく黙々と任務をこなし、無事に帰ってきたオリオン。 その姿は、遠い場所で頑張っている友人や、あるいは自分自身に重なるものがあるかもしれません。

今夜、もし晴れていたら、ぜひ夜空を見上げてみてください。 そこにある月は、50年前と同じように静かに輝いています。 でも、その表情は少しだけ、以前よりも誇らしげに見えるかもしれません。

参考文献

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この記事を書いた人

「深夜の星空喫茶」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

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