火星が「磁場」という見えないバリアを失いました。バリアを失った惑星はどうなるのか? 想像してみてください。 防風林を失った畑に、台風が直撃するようなものです。
かつて地球のように分厚かった火星の大気は、太陽から吹いてくる暴風によって、少しずつ、しかし確実に宇宙空間へ剥ぎ取られていきました。 その気圧は、今や地球の100分の1以下(0.006気圧)。 今日は、大気が「盗まれた」現場の証拠を押さえた、ある探査機の物語です。

太陽風による「スパッタリング」
大気を奪った犯人は、太陽から常に吹き出している「太陽風」です。 これはただの風ではなく、電気を帯びた粒子(プラズマ)の高速な流れです。
磁場というバリアがあれば、このプラズマは惑星の脇を逸れていきます。 しかし、バリアのない火星では、プラズマが大気の上層部にダイレクトに衝突します。
材料工学の世界で使われるスパッタリングのような物理過程が、実際に起きていました
- 高速の粒子(太陽風)が、大気の分子にガツンと衝突する。
- ビリヤードの玉のように、弾かれた大気分子が宇宙空間へ飛び出す。
これを40億年間、毎日休まず繰り返されたらどうなるか? 「塵も積もれば山となる」の逆で、火星の大気はごっそりと削り取られてしまったのです。特に若い太陽が荒れていた初期には、多く削り取られていたようです。

探査機MAVENが見た現場
「本当にそんなことが起きたの?」 それを確かめるためにNASAが送り込んだのが、火星大気探査機「MAVEN」です。
2014年に火星に到着した彼は、火星の上空で酸素や炭素が宇宙へ逃げ出している様子をリアルタイムで観測しました。 特に、太陽で爆発(フレア)が起きて太陽風が強まると、大気の流出量が10倍〜100倍に跳ね上がることを突き止めました。
「火星は、過去に今よりずっと分厚い大気を持っていたが、その大部分は太陽風によって宇宙へ持ち去られた」 MAVENのデータは、この説を決定的な事実に変えたのです。

重い空気は残っている
MAVENが見つけたもう一つの重要な証拠が、「同位体」の比率です。
原子には、普通の重さのものと、ちょっと重いもの(同位体)があります。 例えば、アルゴン36(軽い)と、アルゴン38(重い)。
- 軽い原子: 太陽風に弾き飛ばされやすく、逃げやすい。
- 重い原子: 重力に補足されやすい。
現在の火星の大気を調べると、地球や太陽に比べて「重い同位体の比率」が異常に高いことが分かっています。 これは、「軽いものから順に逃げていって、重いものだけが濃縮された」という、大気流出が起きた証拠なのです。
気圧が下がると、水はどうなる?
大気が薄くなると、困ったことが起きます。 「水が液体でいられなくなる」のです。
富士山の頂上でお湯が早く沸くように、気圧が下がると沸点は下がります。 現在の火星の気圧(0.006気圧)では、水は沸点がほぼ0℃にまで下がってしまいます。
大気を失うことは、海を維持する能力を失うことと同義でした。
乾いた赤い大地へ
磁場がなくなり、太陽風に晒され、大気が削り取られ、気圧が下がる。 この負の連鎖が、かつての「水の惑星」を、現在の「乾いた砂漠」へと変えてしまいました。
しかし、消えた大気や水のすべてが宇宙へ逃げたわけではありません。 一部は、地下深くに凍りついて眠っているかもしれません。 次回は、消えた「火星の水」の行方を追います。
参考文献
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