金星は日没後や夜明け前に輝いていますが、美しい輝きの下で、「息を止めたまま」苦しんでいることを知っている人は、そう多くありません。
私たちにとって当たり前の「地面が動くこと(プレートテクトニクス)」。 実はこれ、太陽系では地球だけに許された「惑星の呼吸」のようなものなんです。地球の双子と言われる金星には、この機能がありません。
なぜ、金星の肌は動かないのでしょうか?

地球は「ひび割れた卵」のような星
まず、私たちの足元を見てみましょう。 地面はずっと動かないように思えますが、長い時間をかけてゆっくりと動いていますよね。地震や火山活動は、その証拠です。
地球の表面は、まるでゆで卵の殻をスプーンで叩いたときのように、十数枚の「プレート」という岩盤にひび割れています。 このプレートたちは、沈み込んだり、新しく生まれたりしながら、ベルトコンベアのように動いています。これを「プレートテクトニクス」と呼びます。
星にとっての「深呼吸」
「地面が動くなんて、地震が起きるし怖いだけじゃない?」 そう思うかもしれません。でも、この動きこそが、地球を「生き心地の良い場所」にしている最大の功労者なのです。
プレートの動きは、地球内部の余分な熱を外に逃がす「ラジエーター」の役割を果たしています。また、空気中の二酸化炭素を岩石に取り込んで地下へ運び、火山の噴火でまた空へ戻す……という、巨大な「炭素の深呼吸」も行っています。
この呼吸のおかげで、地球は熱くなりすぎず、寒くなりすぎず、私たちが住める環境(温度)を保てているのです。

金星は「蓋をされた圧力鍋」
一方、お隣の金星はどうでしょう。 金星の大きさや重さは、地球と瓜二つです。なのに、その中身は全く違います。
金星の表面には、地球のような「ひび割れ(プレートの境目)」がありません。 金星は、たった一枚の分厚くて硬い岩盤の殻ですっぽりと覆われているのです。これを専門用語で「スタグナント・リッド(停滞した蓋)」と呼びます。
なぜ金星の肌は硬くなってしまったのか?
地球と金星、生まれたときは似ていたはずなのに、なぜ運命が分かれたのでしょうか。 有力な説の一つに、「水」の有無があります。
小学校の図工の授業を思い出すとイメージしやすいかもしれません。 乾いた粘土はカチカチで、曲げようとするとボロボロに割れてしまいますよね。でも、水を混ぜた粘土は柔らかく、自由に形を変えられます。
岩石も同じです。水が含まれていると、岩盤は柔らかくなり、地球のプレートのように「ぐにゃり」と曲がって地下へ沈み込むことができます。 しかし、金星は灼熱の世界。水はとうの昔に蒸発して宇宙へ逃げてしまいました。 その結果、金星の地殻は「乾ききった粘土」のようにカチカチに硬くなり、身動きが取れなくなってしまったのです。
呼吸を忘れた星の悲劇
「動かないなら、地震も起きなくて平和でいいじゃない」 そう思われるでしょうか? ところが、そう甘くはありません。
深呼吸(プレートテクトニクス)ができない金星は、体の中に溜まった「熱」を外に逃がすことができません。 内部のエネルギーは行き場を失い、どんどん、どんどん溜まっていきます。 まるで、火にかけたまま蒸気口を塞いだ圧力鍋のように。

顔をすべて作り変える「破滅的なリフォーム」
限界を超えたとき、何が起きるのか。 数億年に一度、金星全土で一斉に火山が噴火し、溜め込んだ熱を一気に吐き出すと考えられています。 溢れ出したマグマは、古い地表をすべて覆い尽くし、星の顔を完全に新しいものに書き換えてしまうのです。
これを「全表面更新(Global Resurfacing)」と呼びます。
地球が毎日少しずつ汗をかいて体温調節をしているのに対し、金星は限界まで我慢して、最後にすべてを爆発させる……なんだか、少し不器用すぎて、切なくなってきませんか?
まとめ
地球、金星。 兄弟のように生まれた二つの惑星ですが、「水」という潤滑油を持っていたかどうかで、その運命は大きく変わってしまいました。
しなやかに動く地球の肌は、私たちに地震という恐怖を与えることもあります。 けれどそれは、この星が呼吸をし、熱を逃がし、私たちが生きられる環境を必死に守ってくれている証(あかし)でもあります。
もし今夜、西の空にひときわ明るい金星を見つけたら、思い出してあげてください。 あの美しい輝きの下には、熱を抱え込んだまま動くことのできない、孤独な心臓が眠っていることを。
そして、私たちの足元で今も「ゴゴゴ……」と音を立てて動いている地球の心臓に、少しだけ「ありがとう」と言いたくなりますね。

参考文献
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