「宵の明星」とも呼ばれる金星は、そのあまりの美しさから、ローマ神話では愛と美の女神「ヴィーナス」の名を与えられています。
でも、もし私が「その美しい白いドレスの正体は、何でも溶かす劇薬なんですよ」と言ったら、みなさんは信じてくれるでしょうか?
今日は、夜空で最も美しい星が隠し持っている、少し危険な秘密についてお話ししましょう。
なぜ、金星はあんなに眩しいの?
夜空を見上げると、金星の明るさは別格ですよね。 一等星のシリウスよりも遥かに明るく、時には昼間の空でも見えることがあるほどです。
なぜ、金星はこれほどまでに輝いているのでしょうか? それは、金星が分厚い「雲」の毛布に全身をすっぽりと包まれているからです。

宇宙一の「反射率」を誇る鏡
私たちが着ている白いシャツは、光をよく反射しますよね。それと同じで、金星を覆う分厚い雲は、太陽の光をとてもよく反射する性質を持っています。
その反射率(アルベド)は、なんと約75%以上。 地球が約30%、月が約10%程度であることを考えると、金星がいかに「ピカピカ」に磨き上げられた鏡のような星であるかがわかります。
私たちが美しいと感じているあの輝きは、太陽の光がこの分厚い雲に跳ね返っている姿そのものなのです。
その「純白のドレス」の正体
では、このキラキラ輝く雲は、何でできているのでしょうか?
地球の雲は、水(水蒸気や氷の粒)でできていますよね。ふわふわとして、時には恵みの雨を降らせてくれます。
しかし、金星の雲は違います。 その正体は、「濃硫酸(のうりゅうさん)」です。

美しいバラには棘がある、美しい星には毒がある
「硫酸」と聞いてピンとこない方もいるかもしれませんが、理科の実験や工業用に使われる、あの強力な酸性の液体です。肌に触れれば火傷を負い、多くの物質を激しく侵す劇薬です。
金星は、上空数十キロメートルという厚さで、この硫酸の雲に覆われています。 私たちが「綺麗だなぁ」とうっとり眺めていたあの白い輝きは、実は、近づく有機物を拒む危険な硫酸の粒子に満ちた雲だったのです。
女神ヴィーナスは、とてつもなく危険なドレスを身に纏っているのですね。

地面に届かない「幻の雨」
硫酸の雲があるということは、金星では「硫酸の雨」が降るのでしょうか?
答えは「イエス」であり、「ノー」でもあります。
金星の上空では、確かに硫酸の雨が降っています。 しかし、その雨粒が地面に届くことはありません。
灼熱の空中で消える雨
金星の地表温度は、約460℃。 これは、鉛(なまり)さえも溶けてしまうほどの高温です。
上空から降ってきた硫酸の雨は、地面に近づくにつれて温度が上がり、地表に到達するはるか手前で蒸発してしまいます。 そして、蒸発したガスはまた上空へと戻り、雲となり、再び雨となって降り注ぐ……。
これを気象用語で「尾流雲(びりゅううん/Virga)」と呼びます。
金星の空では、永遠に地面に届かない「幻の雨」が降り続けているのです。 なんだか、届かない想いを抱え続ける片思いのようで、少し切なくも恐ろしい光景ですね。
なぜ、そんな怖い星になってしまったの?
かつて、金星は地球とよく似た環境だったと考えられています。 大きさも重さも地球とそっくりで、昔は海があったかもしれないと言われています。
しかし、どこかで運命が分岐してしまいました。 二酸化炭素による温室効果が暴走し、海は蒸発し、火山から噴き出した硫黄が空を覆い、今の姿になったのです。
もしかしたら、金星は地球の「ありえたかもしれない未来」の姿なのかもしれません。

まとめ
いかがでしたか?
美しく輝く「宵の明星」の正体が、硫酸の雲に覆われた灼熱の世界だったなんて。 知ってしまうと、少し見る目が変わってしまうかもしれません。
でも、私はこう思うんです。 その過酷な環境を知っているからこそ、今夜も変わらず澄まして輝いている金星が、どこか健気(けなげ)で、より一層美しく見えるのではないかと。

参考文献
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