磁場を失い、大気を剥ぎ取られ、海を失い、内部まで冷え切った火星。 しかし、それでもなお、火星は太陽系の中で「最も地球に似ている兄弟」であり、人類の次なる移住先候補No.1です。
もし私たちが火星に降り立ったら、体は何を感じるのでしょうか? 時計は使えるのでしょうか? 火星の「物理的な現実」を肌で感じてみましょう。

スーパーマンになれる重力
まず、火星に降り立って最初に感じるのは、体がフワッと軽いことです。 火星の重力は、地球の約38%(3分の1強)しかありません。
地球で体重60kgの人は、火星では体重計に乗っても約23kgと表示されます。 重い宇宙服を着ていても軽々とジャンプでき、バスケットボールのゴールなんて簡単に見下ろせるでしょう。
この「低重力」は、ロケットを打ち上げるには好都合(脱出速度が遅くて済む)ですが、長期間住む人間の骨や筋肉が弱ってしまうリスクも含んでいます。
奇跡的に同じ「1日の長さ」
火星が「第2の地球」と呼ばれる最大の理由は、「自転スピード」にあります。
- 地球の1日: 23時間56分(約24時間)
- 火星の1日: 24時間39分
驚くほど似ていますよね! 火星の1日のことを「Sol(ソル)」と呼びますが、1 Sol は地球の1日とほぼ同じ感覚で過ごせます。 太陽系には、1日が数千時間の惑星(金星など)や、わずか10時間の惑星(木星)がある中で、これほど地球に近いリズムを持っているのは奇跡と言えます。 私たちの体内時計(サーカディアンリズム)は、火星でも狂うことなく時を刻めるのです。
人類が初めて「時計を直さずに住める惑星」です。
歪んだ四季
「1日」は似ていますが、「1年」と「季節」は少し違います。
火星の地軸の傾きは約25度。地球(23.4度)とほぼ同じです。 つまり、火星にもちゃんと「春夏秋冬」があります。
しかし、火星の軌道は地球よりも「楕円(だえん)」に潰れています。 そのため、太陽に近い時期と遠い時期の差が激しく、季節によって長さや厳しさが極端に異なります。
- 北半球の春〜夏: 長くて穏やか(約199日)。
- 南半球の夏: 短くて強烈に暑い(太陽に近い時期に夏が来るため)。
このバランスの悪さが、火星全体を巻き込む巨大な「砂嵐(ダストストーム)」を引き起こす原因にもなっています。
地球とは比べ物にならない「寒さ」
そして、移住における最大の敵は「気温」です。 火星の平均気温はマイナス60℃。 赤道付近の真夏でも、昼は20℃まで上がりますが、夜にはマイナス70℃以下まで急降下します。
ここで技術的な問題が発生します。「電池(リチウムイオン電池)」は寒さが大の苦手です。
マイナス60℃の世界では、普通のスマホやEVのバッテリーは、内部抵抗が上がりすぎて一瞬で電圧低下(シャットダウン)を起こしてしまいます。
火星探査機たちが特別なヒーターで電池を温めたり、原子力電池を使ったりするのはそのためです。 人類が火星に住むには、人間だけでなく「機械を温める技術」が生命線になるのです。
火星は、「壊れてしまった地球」のような星です。 しかし、手が届く場所に水(氷)があり、地面があり、四季がある。 宇宙広しといえども、これほど私たちが「故郷」を感じられる場所は他に見つかっていません。
火星は、生き残れなかった地球ではなく、
「地球になりきれなかった兄弟」なのかもしれません。
参考文献
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