夜空で赤く輝く火星を見上げるとき、その静けさに見合った印象を持つ人は多いかもしれません。
乾燥した砂漠。動かない大地。嵐すらも同じ場所を巡り続けるだけの、変化のない星。
しかし、地球から何億キロも離れたその地面の下では、今もひっそりと「揺れ」が起きています。
2018年に火星に降り立った探査機が、その記録をとり続けました。

火星でも地震は起きる
地球で地震が起きるのは、地球の表面が「プレート」と呼ばれる十数枚の巨大な岩盤に分かれていて、それらがゆっくりと動き続けているからです。ぶつかったり、めり込んだり、ズレたりするたびに、地面が大きく揺れる。
では、プレートを持たない火星でも、地震は起きるのでしょうか。
答えは「起きる」です。ただし、そのしくみは地球とはまったく異なります。

火星震の原因は「冷え」と「隕石」
火星の地震(地球の地震と区別するために「火星震」や「マーズクエイク」と呼ばれることがあります)には、主に2つの原因があります。
岩盤の「収縮」
火星は地球に比べて小さな星です。内部に蓄えていた熱を宇宙空間へと逃がすのが早く、数十億年かけてじわじわと冷えてきました。
金属も、冷えると縮みます。岩盤も同じです。
内部が冷えて収縮するとき、岩が少しずつひびを入れながら「ピシッ」と割れる。その瞬間の揺れが、火星震のひとつの原因です。
地球のように激しくはありませんが、火星の地面は今もかすかに、音もなくひび割れ続けています。
隕石の衝突
火星には地球のような厚い大気がないため、宇宙から飛んでくる隕石がそのまま地面に激突します。
隕石が地表にぶつかった瞬間の衝撃は、地震波として惑星内部を伝わっていきます。
これも火星震として記録される揺れのひとつです。
InSightが聴いた「火星の鼓動」
2018年、NASAの探査機「InSight」が火星のエリシウム平原に着陸しました。
他の火星探査機のように走り回ることはせず、ただ一か所に座り込んで、地面に「地震計」を設置することだけが使命でした。
いわば、火星の胸に聴診器を当てた探査機です。
InSightは2022年に運用を終えるまでの4年間で、1300回以上の火星震を観測しました。
そのほとんどは、ごく小さな揺れです。地球で暮らす私たちがその場に立っていても、気づかないほどの、静かな震動でした。

地震波が「レントゲン」になる
火星震の観測で何がわかるのでしょうか。揺れを記録するだけで、なぜ火星の内部まで見えるのか。
ここで鍵になるのが、地震波の伝わり方です。
地震の波は、地面を通るとき、素材によってスピードや進む角度が変わります。固い岩盤の中では速く、柔らかい層では遅く。液体に当たると、一部の波は通り抜けられなくなります。
これは光と似た性質です。ガラスを通る光が曲がるように、地震波も素材の境界で屈折します。
地面のどこで揺れが起き、それが地表にどう届いたかを詳細に分析すると、波が通ってきた「道筋」が逆算できます。内部のどこが固く、どこが柔らかく、どこが液体なのか——地面を掘らずして、まるでレントゲン写真のように内部構造を読み取ることができるのです。
「静かな惑星」から見えてきたこと
InSightのデータは、いくつかの驚きをもたらしました。
火星の地殻(表面の固い岩盤の層)は、場所によっておよそ24〜72kmの厚みがあることがわかりました。地球の大陸地殻の厚みと大きく変わりません。
そして、火星の中心部にある「核(コア)」は、完全には固まっておらず、まだ液体の状態を保っている可能性が高いことも示されました。「冷え切った死の星」というイメージとは、少し違う姿です。
火星は今も、かすかに生きています。
プレートも動かず、火山も噴かず、風だけが吹く静寂の惑星ですが、その地面の下では、46億年分の熱の名残が、音もなく脈打ち続けているのです。

まとめ
今夜、南の空で赤く輝く火星を見つけたら、少しだけ想像してみてください。
あの赤い点の地面の下、岩盤がゆっくりと冷え、ひびを入れながら縮んでいます。
宇宙から飛んでくる隕石が、たまに地表を叩きます。
その揺れは、ごくわずかな波として惑星の内部を静かに伝わっていきます。
大きな地震ではありません。誰も気づかないほどの揺れです。
でも、それは確かに「生きている惑星の証」なのかもしれません。

参考文献
- NASA|What Does a Marsquake Look Like?
- NASA|NASA Marsquake Data Reveals Lumpy Nature of Red Planet’s Interior
- NASA|NASA InSight Study Provides Clearest Look Ever at Martian Core