40億年前、火星には深さ数百メートルにも及ぶ広大な海があったと推測されています。 しかし今の火星は、カラカラに乾いた赤土の大地です。
あの大量の水は、一体どこへ消えたのでしょうか? 実は、すべてが宇宙へ逃げたわけではありません。 一部は姿を変え、この惑星の「色」を変え、そして今も足元に眠っているのです。

太陽光が水を破壊する(光解離)
大気を失い、気圧が下がった火星では、海の水はどんどん蒸発して水蒸気(H2O)になり、上空へ昇っていきました。
そこで待ち構えていたのが、太陽からの強力な紫外線です。 地球のように、大気(オゾン層など)があれば守られますが、無防備な火星の上空、上層大気(熱圏〜外気圏)では、水分子が紫外線によって水素と酸素にバラバラに分解されてしまいました。 これを「光解離」と呼びます。
分解された「水素」は非常に軽いので、重力の小さい火星から宇宙空間へ簡単に逃げ出してしまいました。
こうして、水のもとになる水素が失われ、水は二度と元に戻れなくなったのです。

残された酸素の行方
では、水素と別れて取り残された「酸素」はどうなったのでしょうか? 酸素は重いので、宇宙へ逃げきれず、火星に残りました。
行き場を失った酸素は、地表にある岩石(鉄分を含んだ土)と結びつきました。 激しい「酸化反応」です。
太古の海が分解されて生まれた酸素は、火星の地表を赤く染める「錆」の形成に、大きな役割を果たしました。
火星の赤色は、失われた水の墓標のようなものとも言えます。
地下に隠れた氷
しかし、すべての水が分解されたわけではありません。 分解される前に、寒すぎて凍りついた水もあります。
現在の火星の北極と南極(極冠)には、大量の氷が存在します。 さらに近年の探査で、地下数センチ〜数メートルの浅い場所に、広範囲にわたって「永久凍土(地下氷)」が埋まっていることが分かってきました。
気圧が低い火星では、氷は溶けて水になる前に、直接気体になる「昇華(しょうか)」を起こします。 そのため、表面に水たまりはできませんが、土砂で蓋をされた地下では、氷のまま何億年も保存されているのです。
岩石に吸われた水(含水鉱物)
もう一つの隠し場所は、「鉱物の中」です。 NASAの探査車キュリオシティなどは、火星の地表で「粘土鉱物(スメクタイトなど)」や「硫酸塩鉱物」を大量に発見しています。
これらは、水がないとできない鉱物です。 そして重要なのは、これらの鉱物の結晶構造の中に、水分子(OH基や結晶水)として取り込まれているということです。
かつての海の一部は、スポンジのように岩石に吸収され、今もその中に閉じ込められています。

乾いているけれど、水はある
火星の水は、
- 宇宙へ逃げた(水素)
- 岩石を錆びさせた(酸素)
- 地下で凍った(氷)
- 鉱物に取り込まれた(結晶水)
この4つのルートに分かれて消えました。 しかし、希望はあります。地下の氷や含水鉱物には、まだ相当量の水が残っています。 将来、人類が火星に移住するとき、この土を加熱して水を取り出す技術が、生命線になるでしょう。

参考文献
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