「火星は冷えて磁場を失った」という話を聞くと、 私たちはてっきり、火星の中身は冷めたお饅頭のように、芯までカチカチに固まっていると思ってしまいます。
しかし、その常識を覆すデータがあります。 2018年、NASAの探査機「InSight(インサイト)」が火星に着陸しました。 彼の任務は、カメラで景色を撮ることでも、走り回ることでもありません。 ただ一箇所に座り込み、地面に「地震計」を設置して、じっと耳を澄ませること。
いわば、火星の「健康診断(聴診)」です。 彼が聴き取った火星の内部は、予想外の姿をしていました。

火星の地震「火震(マーズクエイク)」
地球で地震が起きるように、火星でも「火震(かしん)」が起きています。 ただし、プレートテクトニクス(大陸移動)がない火星の地震は、地球のように激しくはありません。 岩盤が冷えて縮むときの「ピキッ」という音や、隕石が落ちた衝撃などが主な原因です。
インサイトは4年間の運用で、1300回以上の火震を観測しました。 この地震波(振動)が、火星の中をどう伝わるか? そのスピードや、跳ね返り方を分析することで、レントゲン写真のように内部構造が見えてくるのです。
核は「液体」だった!
一番の驚きは、中心部にある「核(コア)」の状態でした。 地震波のデータは、核が固体ではなく「液体(ドロドロに溶けた状態)」であることを示していました。
「あれ? 磁場がないのに、中身は溶けているの?」 不思議ですよね。 地球の磁場は、液体の外核が「対流(グルグル回る)」することで生まれています。 火星の核も液体なら、磁場があってもおかしくないはずです。
ここで重要になるのが、「対流しているかどうか」です。 ただ液体であるだけではダメなのです。 お鍋のお湯も、火にかけてグルグル回っているときはエネルギーがありますが、火を止めて静止したお湯(液体)からは何も生まれません。
火星の核は、「溶けてはいるけれど、活発な対流を維持できなくなった」状態だと考えられています。
なぜ冷えても固まらないのか?
火星は小さいので、熱は逃げやすいはずです。なぜ核は液体のままでいられたのでしょうか?
インサイトのデータは、火星の核が予想よりも「大きくて、軽い(密度が低い)」ことを示唆しました。 これは、核の中に鉄以外の「軽い元素(不純物)」が大量に混ざっていることを意味します。 主な成分は、硫黄(いおう)、酸素、炭素、水素などです。
ここで「凝固点降下(融点降下)」の原理が働きます。 凝固点降下と聞くと難しい言葉のように聞こえますが、身近な例があります。冬道に塩を撒くと氷が溶けるのと同じ原理です。水が凍ってしまう融点を、塩を撒くことで降下させ、液体状態にしています。
純粋な鉄は1500℃くらいで固まりますが、硫黄などの不純物が大量に混ざると、融点が劇的に下がります。
火星の核は、不純物だらけの「シャビシャビの合金」だったため、温度が下がっても固まることができず、液体のまま存在し続けているのです。
地殻とマントルの厚み
インサイトは他にも、火星の「皮(地殻)」の厚さも特定しました。 場所によりますが、およそ24km〜72km。地球の大陸地殻(約30km〜50km)と似たような厚みです。
しかし、地球と決定的に違うのは、その下が「一枚岩」であることです。 地球のようにプレートが分かれて動いていないため、火星では巨大な火山(オリンポス山など)が同じ場所に居座り続け、とてつもない高さに成長することができました。
生ける屍(しかばね)か、眠れる獅子か
火星の内部は、完全に死んで石塊になったわけではありませんでした。 核はドロドロの液体のまま、ただ静かに「対流」を止めて、眠りについています。
もし、何らかのきっかけで再び対流が始まったら? ……いえ、冷え切った今の火星ではそれは叶わないでしょう。 「中身は液体なのに、心臓の鼓動(磁場)は止まっている」。 それが、最新科学が明らかにした火星の矛盾した、そして少し寂しい姿でした。
参考文献
- NASA|What Does a Marsquake Look Like?
- NASA|NASA Marsquake Data Reveals Lumpy Nature of Red Planet’s Interior
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