カップにある温かいコーヒー、これが冷たくなるまで、だいたい数十分でしょうか。
みなさんが通勤や通学にかかる時間は、数十分から数時間、といったところでしょうか。
今日お話しするのは、そんな短い時間ではありません。先日、NASAからある発表がありました。NASAが送り出した探査機『ボイジャー1号』が、来年(2026年)の冬にいよいよ『地球から1光日』の距離に到達するというのです。
「1光日」ってどれくらい遠いの?
1光日(いちこうにち)、光が1日かけて到達する距離です。聞き慣れない単位ですが、これは約260億キロメートルという途方もない距離です。こういった大きな距離は、比較対象がないとイメージできないですよね。
比較対象:
- 月:光で約1.3秒(あっという間)
- 太陽:光で約8分(コーヒーを淹れる間)
- 冥王星:光で約5.5時間(起きてからお昼ご飯くらいの間)
太陽系を飛び出した探査機がいるのは、そこよりも遥か遠く。光の速さですら、たどり着くのに丸一日かかる場所なんです。
往復48時間の「会話」
これがどういうことかというと、地球から『元気?』と信号を送っても、彼に届くのは24時間後。そして彼が『元気だよ』と返事をしてくれても、それが地球に届くのはさらに24時間後になってしまいます。たった一言の挨拶を交わすのに、丸二日かかるんです。これを『孤独』と呼ばずになんと言いましょうか。
さらに、探査機ということを考えると、「左へ曲がれ」という指示をしてから実際に曲がるまで24時間、曲がったことがわかるのはさらに24時間後です。操作は大変難しそうですね。
満身創痍の旅人

実はボイジャー1号、ここ数年は満身創痍です。2023年から24年にかけては通信トラブルでデータが送れなくなり、もうダメかと思われました。それでもボイジャー1号は、古いプログラムを書き換えて復活しました。半世紀近く前の技術で作られた体で、今も秒速17キロメートルで暗闇を突き進んでいます。
そもそも、彼は最初からこんなに遠くへ行く予定だったわけではないんです。 1977年に打ち上げられた当初の目的は、木星と土星の探査でした。
特に科学者たちがどうしても見たかったのが、土星の衛星『タイタン』です。 『そこに生命のヒントがあるかもしれない』。その期待に応えるため、ボイジャー1号は仲間の2号とは違うルートを選び、タイタンに大接近して観測を行いました。
その結果、彼は太陽系の惑星を巡る『グランドツアー』のルート(天王星や海王星へ向かう道)から外れ、太陽系の上方へと大きく弾き飛ばされることになったのです。 いわば、好奇心のために『帰らぬ旅』への片道切符を選んだ。それが今の孤独な旅の始まりでした。
では、太陽系を飛び出した今、彼はどこへ向かっているのでしょうか。 実は、具体的な『目的地』はありません。今は『へびつかい座』の方向へ向かって、ただひたすら暗闇を進んでいます。
もしあえて次の『経由地』を挙げるとすれば、『グリーゼ445』という星の近くです。 ……といっても、到着するのは約4万年後。 しかも、その星に着陸するわけではなく、ただ近くを通り過ぎて、さらに遠くの銀河系中心部へと旅を続けます。気の遠くなるような、終わりのない旅路です。
ゴールデンレコードの行方

ボイジャー1号のなかには、地球の音や挨拶を収めた『ゴールデンレコード』が抱かれています。1光日の彼方にいる彼は、誰にも聴かれることのないそのレコードを、ただ静かに守り続けているのです。
このゴールデンレコードとは何でしょうか。
これは、いつか出会うかもしれない知的生命体に向けた、地球からの自己紹介カードです。中にはこんな『地球の音』がアナログレコードとして刻まれています。
- 55の言語での挨拶: 日本語の『こんにちは、お元気ですか?』も入っています。
- 地球の音: 風、雷、鳥のさえずり、そしてクジラの声。
- 音楽: バッハやモーツァルトといったクラシックから、チャック・ベリーの『ジョニー・B・グッド』といったロックンロールまで。
- 画像: 115枚の画像データ。DNAの構造や、食事をする人々、そして夕焼けの風景など。
もし4万年後の未来に、誰かがこのレコードを拾い上げ、宇宙の片隅でチャック・ベリーを再生するところを想像してみてください。人類までその音は聞こえてくるのでしょうか。
空気が無ければ音は伝わりませんが、なんとなく期待してしまいます。
まとめ
来年の11月ごろ、ボイジャー1号が正式に『1光日』のラインを越える時、またここでお祝いをしましょう。空を見上げたときには、ボイジャー1号のことを思い出してあげてください。それがボイジャー1号に届くのは明日です。
Image Credit: Credit: NASA/JPL-Caltech

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