夜空を見上げたとき、星の光は私たちの目に「今」届いているように感じられます。スイッチを入れれば部屋は一瞬で明るくなるため、日常生活において光は「無限の速さ」を持っているように思えるでしょう。
しかし、物理学において光の速さ(光速)は有限です。真空中における光速は秒速約30万km(正確には299,792.458 km/s)であり、1秒間に地球を7周半するスピードです。
では、この途方もない速さを、人類はどのようにして測ったのでしょうか。光速を測るための基本的な物理の構造は「速度 = 距離 ÷ 時間」です。しかし、光が速すぎるため、人類は「途方もなく長い距離」を用意するか、「極めて短い時間」を測るしかありませんでした。この記事では、人類がいかにして光の速度という物理的限界に挑んだのか、その構造を読み解きます。
ガリレイの挑戦:地上では速すぎた光
光の速さを科学的に測ろうとした最初の試みは、17世紀の物理学者ガリレオ・ガリレイによるものでした。彼は、数km離れた2つの丘の上に助手を立たせ、ランタンの光を使った実験を行いました。

一方がランタンの覆いを外し、光を見た瞬間に助手がもう一方のランタンの覆いを外す。その往復にかかる時間を測ることで、光速を計算しようとしたのです。
しかし、この実験は失敗に終わりました。光の速度に対して数kmという「距離」があまりにも短すぎたため、光が往復する時間は人間の反応速度や測定機器の誤差に完全に埋もれてしまったのです。この実験からわかったことは、「光速は少なくとも人間の知覚をはるかに超えるほど速い」という事実でした。
レーマーのイオ食観測:宇宙のスケールを利用する
地上での距離が足りないなら、宇宙空間の距離を使えばいい。そう考えたのが、17世紀後半のデンマークの天文学者オーレ・レーマーです。
彼は、木星の衛星「イオ」が木星の影に隠れる現象(食)の周期を観測していました。すると、地球が木星に近づいている時期には食が予想より早く起こり、地球が木星から遠ざかっている時期には食が遅れることに気づきました。
地球から木星までの「距離」が変化するため、光が地球に届くまでの「時間」にズレが生じていたのです。レーマーはこの地球の公転軌道の直径(距離)と、食の遅れ(時間)を用いて、光の速さを計算しました。結果は約22万km/s。現在の正確な値には及びませんでしたが、人類で初めて「光速が有限であること」を天文学的スケールを用いて証明した決定的な瞬間でした。
ブラッドレーの光行差:地球の公転から光速を逆算する
18世紀に入ると、イギリスの天文学者ジェームズ・ブラッドレーが「光行差」という現象を利用して光速を導き出しました。
雨の日に傘をさして走ると、雨粒は真っ直ぐ下ではなく、斜め前方から降ってくるように感じます。これは、落下する雨の速度に、あなたの走る速度が「ベクトル合成(向きと大きさを持つ量の足し合わせ)」されるからです。

これと同じ現象が、光と地球の間でも起きています。地球は太陽の周りを秒速約30kmで公転(走って)いるため、頭上にある星からの光(雨)も、わずかに斜め前方から降ってくるように見えます。この星のズレの角度と、地球の公転速度という2つの値から、ブラッドレーは光速を約30万km/sと計算しました。物理法則である「速度のベクトル合成」を用いて、光速を精緻に捉えたのです。
フィゾーの歯車実験:地上で光を捕まえる
天文学的な観測に頼らず、ついに地上で光速を測ることに成功したのが、19世紀のフランスの物理学者アルマン・フィゾーです。
フィゾーは、「極めて短い時間」を物理的に作り出す装置を考案しました。光源から出た光を、高速で回転する歯車の隙間を通し、約8.6km離れた鏡に反射させて戻ってこさせます。もし歯車の回転速度がちょうどよければ、戻ってきた光は「次の隙間」を通り抜けて観測者の目に届きます。しかし、回転が少しでもズレると、歯車に遮られて光は見えなくなります。
フィゾーは、光が見えなくなる瞬間の「歯車の回転速度(回転数)」と「歯の数」から、光が往復するわずかな「時間」を正確に算出しました。結果は約31.5万km/s。回転運動という物理的機構を用いて、ついに地上で光を捕まえることに成功したのです。
光速を「測る」から「決める」へ|現代のレーザー測定
※画像提案:【赤いレーザー光線が精密な鏡やレンズの間を通り抜ける、現代の光学実験室を思わせる画像】
フィゾー以降も、人類はより精密な装置を使って光速の測定を続けました。そして20世紀後半、画期的な技術が登場します。「レーザー」です。
光は「波」の性質を持っています。波の進む速さは、「波の長さ(波長)」と「1秒間に波が揺れる回数(周波数)」を掛け合わせるという物理法則で求めることができます。1970年代の科学者たちは、極めて安定したレーザーの波長と周波数を別々に測定し、それを掛け合わせることで、光速を「秒速299,792.458km」と極限の精度で弾き出しました。
しかし、ここで一つの壁にぶつかります。光速の測定精度が高くなりすぎた結果、「1メートル」という長さの基準(当時のメートル原器)そのものが持つわずかな誤差のほうが、光速の誤差よりも大きくなってしまったのです。
そこで1983年、物理学の世界で大きな転回が起きます。光の速さを測ることをやめ、逆に光の速さを「秒速299,792.458kmである」と固定(定義)してしまったのです。そして、「1メートルとは、光が真空中で299,792,458分の1秒間に進む距離である」と、長さのルールそのものを書き換えました。
理解のまとめ
光速の測定史とは、人類が「距離」と「時間」という物理量の限界をいかに拡張してきたかという歴史そのものです。
ガリレイは地上の距離では足りないことを知り、レーマーとブラッドレーは天体の公転という巨大なスケールを利用しました。そしてフィゾーは、回転運動を用いて地上で極小の時間を切り取ることで解決しました。アプローチは違えど、すべては「速度 = 距離 ÷ 時間」という単純な物理構造に基づいています。
だから、光速の測定は単なる速度計算ではなく、物理法則を用いて宇宙という空間の巨大さを正確に測る「物差し」を獲得していく過程だったと言えます。今夜、数光年離れた星の光を見る時、それは人類が何百年もかけて測り取った確かな物理の証なのです。
参考文献
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